劇団四季~The Bridgeでは、詩が朗読されながら曲を繋いでいく演出になっています。

その中の一つが「ハングリー・キャッツ」。
 1983年、ミュージカル『キャッツ』の初演プログラムに掲載されたものです。
このことを知らずにThe Bridgeを観劇しましたが、とても心を打たれる詩でしたので、
ここに掲載させていただきます。

劇団創立メンバー10人の演劇に対する高い志が、ミュージカル『キャッツ』の世界観になぞらえて美しい言葉でうたわれ、劇団が創立された1953年から30年間の四季の様子を深く感じ取ることができます。詩は、詩人の故・吉原幸子さんの手によるもの。
一時期、四季にも在籍し、ジャン・アヌイ作「愛の条件ーオルフェとユリディス」(1956年)では主演を務められました。(劇団四季HPより)



ハングリー・キャッツ  吉原幸子

地球の大火事がおさまって八つめの春
ニッポン国はトウキョウ森の
やっと芽をふきはじめた焼け跡に
十匹の 若い猫たちが集まっていた
やせて 毛並みもよごれていたが
それぞれに由緒正しいノラ猫だった
かすかな月の光をうけて
そのは青に 金いろに らんらんと輝いていた

~中略~

みんな 飢えていた
お腹が空いていたのではない
(いいえ お腹も空いてはいたが)
それ以上に 目が 耳が 心が
からだ中の血が 飢えていたのだ

ほんとうのことば
ほんとうの声
ほんとうの音
ほんとうの色とかたち で
築かれる 大いなる幻
鳴りひびく 大交響楽
まるごとの月に!

夢の柱は 猫たちの頭上にそそり立っていた
烈しく 高く
槍にかこまれて立つジャンヌの火刑台よりも
魔術師の呼びだすトロイの木馬よりも
少女の笑い声につれて噴きあがる水の
きらめきよりも遠く するどく

みんな 貧しかった
電車賃がなければどこまでも歩き
食べるものを減らして本を読み 音楽を聴き
ある猫は 納豆をツトのすき間からかき出して
ショウユもつけずもそもそと頬ばりながら
アンチゴーヌのように〈ノン!〉と首をふり
オルフェのように無器用に悩み
オンディーヌのようにハダカ一貫
あれが 猫たちの青春だった

~中略~

――そうして いくつもの春がめぐった
同じ夢もつ仲間が加わり
若い猫たちが慕い寄り
ノラたちは今や ねぐらを持ち 城を築いた
緑しげる森に その白い尖塔はひときわまぶしい

何匹かは途中で仆れたけれど
新しく生まれた仔猫たちは 柔らかな毛をなびかせて
まず木にのぼる 柱にのぼる 塔にのぼる
月に挑んで しなやかに跳ぶ
かれらは ついに辿りついたか?

ノン〉 と〝ジェリクル〟は言うだろう
猫たちは――ぼくたちは
相変わらず飢えている と

得たものをいつも次の夢に賭け
こわしながら築き 築きながらこわすからこそ
幻の塔は 果てしなく高く
月への道は 果てしなく遠い
だから 猫たちは
永遠に青春なのだ と

劇団四季が創立されたのは、この詩にあるように 「皆が貧しく飢えていた」時代。
おなかも空いていたけれど、「目が 耳が 心がからだ中の血が 飢えていた」時に
「ほんとうのことば ほんとうの声 ほんとうの音 ほんとうの色とかたち」を求めて
若者が集まりました。

今、このような詩を朗読されたのは、創立の原点を確認するためでしょう。
現在、思うように幕が上がらない状態に、悔し涙を流す毎日。
昔とは性質は違うけれど、やはり今も「飢えている」時代だとも言えるでしょう。

演劇はしぶとい芸術です。
安定した恵まれた時代より、飢えた厳しい時代だからこそ生まれる感情があり、気づくことがある!

例えばコーラスラインなら、
「全てを捨てて生きた日々に悔いはない」という詩が真実味を帯びてきます。
(初演時は捨てるものさえなかったから「全てを捧げ」と歌われたそうですが・・・)

とても厳しい状態がもうしばらく続きますが、どうか耐え忍んでください。
文化は育つのに時間がかかります。
これまで苦労して育てた宝を守るために、皆で応援していきましょう!!


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