ミュージカル「パレード」が1月15日から東京芸術劇場で再演されます。
https://horipro-stage.jp/stage/parade2021/
20世紀初頭のアメリカで実際にあった冤罪事件を題材に夫婦の愛を描いた究極の人間ドラマ。(公式HPより)
私は2017年に名古屋で観ました。
とても重いテーマに真正面から向き合った作品で、今でも強く心に残っています。
石丸幹二さんと堀内敬子さんは、劇団四季時代から拝見している俳優さんですが、呼吸もピッタリの夫婦役でした。
舞台に思いを馳せつつ、過去記事を再投稿します。
内容に触れますので、ご注意ください。

ミュージカル「パレード」の感想&防備録。
忘れてはならない気持ちを書き留めておきます。


■あらすじ
舞台はアメリカ南部のジョージア州アトランタ。南北戦争から半世紀経っても、南部の戦没者を追悼する記念日には、生き残りの老兵が誇り高く「パレード」を繰り広げている。

同じ日、鉛筆工場で働く13才の少女メアリーが、工場の地下で遺体となって発見される。容疑者として逮捕されたのは、工場長のレオ・フランク(石丸幹二)だった。
州政府は早期の解決を望み、状況証拠だけでレオ・フランクを犯人に仕立て上げていく。それはレオ・フランクが北部出身のユダヤ人であることも理由のひとつだった。妻ルシール(堀内敬子)は、彼にかかった罪を晴らすために動き始める。

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■美術・照明
この舞台では「紙吹雪」が降ってくる・・・と聞いていたが、それはラストではなく、冒頭から。私は白い紙吹雪を想像していたのだが、赤、青、緑、黄、オレンジ・・・実に色鮮やかな紙吹雪が、これでもか、これでもかという勢いで大量に降り続けてきた。そして積もった紙吹雪の上で、2幕最後まで芝居が行われていく。

紙吹雪はシーンごとに色々な表情になる。メアリーの死を悼むシーンでは、ライトに照らされ、それらが落ち葉にも見え、悲劇を際立たせた。

この紙吹雪は何かを象徴しているのだろうか。戦没者か、無実の罪で葬られた人たちか。紙吹雪を踏みつけて演技をする意味は何か。
れは観る人の想像に委ねられる。

舞台中央には太い幹の樹が1本。この樹は、最後までそこに存在し続けた。まるでこの裁判の一部始終を見ているかのように。

■テーマ&感想
この物語は実話である。1913年の米国アトランタで実際に起きた冤罪事件、「レオ・フランク事件」を題材としている。
レオは「北部出身」「ユダヤ人」。やがてレオは南部で起きた少女殺人事件の犯人に仕立て上げられていく。
歌のつなぎに演技が入る・・・と感じられる作品もあろうが、この作品は、限りなくストレートプレイの匂いがする。

演出家は森新太郎氏。驚いたことに、ミュージカルの演出は初めてだそうだ。パンフレットを隅々まで読んでみたが、俳優、スタッフほとんどが演出家への感謝を記していた。私はこういう演出家の方がミュージカルの世界に出てこられたことが嬉しくてならない。

「いったん「音」を忘れ、「演技」をつけることで、さらに高く飛翔できた。こんなカンフル剤を打たれるような稽古は初めてです。」(石丸幹二)

ではこの作品をストレートプレイではなく、ミュージカルにした意味は何なのか。
私には「音」により、「大衆心理のうねり」を表現しているように感じられた。
白人、黒人、ユダヤ人・・・
知事、検事、マスコミ、民衆・・・
様々な立場の人間が、自分の「正義」を唱えながら進んでいく。
それは不協和音になり、ひとつの大きなメロディになり、そして無罪の人間を裁いてしまうほどの力となってしまう。

この劇を観ながら何度も「ジーザス」を思い出した。群衆は掌を返したように態度を変えて、イエスを十字架へと追いやったのだ。
これらは遠い昔の過ちで、自分とは無関係のことだと言えるだろうか。

「似たような状況下に自分がいたなら、あっという間に飲み込まれ、うねりを大きくする駒でしかなくなる自分が想像に易い。だからこそ「パレード」のような作品を創る。」(演出家 森新太郎)

裁判のシーンでは客席が照らされ、まるで自分もレオを追いやる大衆の1人のような錯覚をさせる。あなたはどうなのだ?と問われているかのような瞬間だった。

レオとルシールは、冒頭では平凡な夫婦に見えるが、裁判が進むにつれて、絆、愛が深くなる。裁判や法律は万能ではない。その時の社会の波に、真実が歪められる。でも本当に真実だったなら、それは何者にも屈しないと信じたい。
たとえ、冤罪で葬られたとしても。
世紀が変わっても、こうした作品でその精神は蘇ってくる。

勧善懲悪ではない。正義は勝つと信じていても、劇中では正義は闇に葬られる。
この劇では真犯人が誰かも明確には描かない。そして、何とも重い気持ちを胸に、でも避けてはいけない宿題をもらって帰途についた。

ハッピーエンド、幸せを与える作品と同じように、いやそれ以上に深く心に残る作品と出会えた。才能有る俳優、スタッフが集まって、その精神を再現してくれたことがとても嬉しい。辛い作業でも、繰り返し咀嚼したいと思った。